永劫回帰と骨伝導 - 骨伝導情報館

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永劫回帰と骨伝導

 世界は何か目標に向かって動くことはではなく、現在と同じ世界を何度も繰り返す‥‥
 この東洋的な世界観・永劫回帰の思想で有名なのが、最近でも注目されているフリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ(Friedrich Wilhelm Nietzsche)です。

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by JIN T


 ニーチェの永劫回帰思想は日本人にはもっと馴染みのある「輪廻」と共通するように思われます。その観点で見ると、仏教だけでなくキリスト教でも重要なテーマである「現在の苦悩」について、仏教であれば「来世」、キリスト教であれば「天国・地獄」という領域によって解決する手法が最初に浮かびます。ニーチェはこれを否定し、無限に繰り返される意味のない人生に対して、あえて無限に繰り返し生き抜くことを主張しているように感じられます。この無限に生き抜くことが単なる「人」でがなく「超人」という思想につながると思われています。

 しかし、これは既存の仏教やキリスト教的なアンチテーゼだけで見ると、間違いだといえます。
 例えば輪廻と永劫回帰は似て非なるものなのです。根本的に異なるといえるくらいです。輪廻は人が死ぬと再び次の生物に生まれ変わるというものです。これが何度も転生するのが輪廻です。

 それに対してニーチェの永劫回帰は、ある瞬間は過去に無限回繰り返されているもので、しかもて未来にも無限回繰り返されるものです。まったく同じ瞬間が過去にも未来にも永遠に繰り返されることで、点で見た場合、その時点においては「完結している」状態となります。

 この思想の背景にあるものは、ヨーロッパの哲学・思想、特にニーチェの時代以前の主流であったドイツ観念論に対して、世界や理性を探求するだけのものを見直した点にあります。ニーチェは、現にここで生きている人間それ自身の探求を重要視したのです。キルケゴールとは異なる視点で実存主義的な出発点を切り開いたといえます。
 人間は理性的生物でない、と言い切るだけのある意味で「強さ」を持っていました。それは、キリスト教的に見た場合の弱者とは、苦悩という負の感情(ルサンチマン)によって存在していることとし、逆にそのルサンチマンこそが苦悩の原因であるとします。それゆえに、弱者を弱者たらしめている範囲での救済を否定し、ルサンチマンを超越した人間こそが強者であるとしました。これは絶対的原理を廃することで、新しい真理が次々と誕生し、さらにその真理の中に埋没するのではなく、戯れ遊ぶ人間こそが超人としました。

 苦悩を説く宗教・思想はたくさんあります。
 しかしニーチェはそれを超越する道を選びました。

 東日本大震災で被災された方には、現在の状況でニーチェの思想を押し付けることははなはだ失礼になるかもしれませんが、19世紀のこの「強い」ニーチェの概念だけは送りたいと思います。
 また、被災されていない方の中でも、日本経済の状況から見れば、苦悩の連続という方も多いでしょう。日常の悩みレベルでいえば、たとえば難聴傾向の方であればよく聞こえない、というのも「苦悩」の一つといえます。それを超越するために補聴器を、というのは、視力が悪化してメガネやコンタクトレンズと同じことです。しかし補聴器はハードルが高いのは事実です。

 そこで超人に近づくためのアイテムとして骨伝導です。音声を耳でキャッチするのではなく、声帯などの振動が頭蓋骨を伝わることで直接聴覚神経に繋がり、耳ではなく振動によって「聴く」ことができるのが骨伝導です。
 骨伝導は特殊なものではなく、日常で常に起こっています。耳をふさいだ状態でもかすかに聞こえる音は、骨伝導によって聴覚に伝わっているのです。そのかすかな骨伝導を特許技術の骨伝導スピーカーによって、機能的に使える製品があります。

          ⇒ 特許技術の骨伝導製品

 米軍で採用されています。類似品にご注意ください。
 ニーチェの思想からかなり逸脱した感じですが、骨伝導の技術は超人思想とリンクするのではないか、と素朴に思い、無理やり結びつけただけでそので、ご容赦ください。そのため情報提供ではなく、あくまで私的な骨伝導日記にしました。
ここは記事下のフリースペースです
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