骨伝導情報館

骨伝導の最新情報から意外な活用場面を発信しています。
存続が危険な治療院

広島城の骨伝導旅情

 小さな島や砂洲が深い入り江に点在した太田川河口のデルタ地帯。
 ここに、広島城が誕生しました。

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 堀と石垣に守られた城内に、城主の居館と天守閣を持つ本格的な近世城郭は、まず織田信長が築いた安土城とされます。その後、豊臣秀吉によって全国に普及したといわれます。城下町として形成されたのもこの頃からです。城と城下町は一体化して領国の政治・経済の中心として機能することで、その地方の政治・経済の中心地となりました。

 広島の場合、デルタ地帯ということで地盤が軟弱で築城は難工事でした。1591年に毛利輝元は入城を果たし、広島城の歴史はスタートします。

 そんな広島城に骨伝導マイクと骨伝導スピーカーで歴史の音を聴きたいと思います。
 特許技術の骨伝導技術でも歴史の音を聴くことは不可能です。しかし、あえてそんな愚行をしたくなるような城です。そしてそれは旅情あふれる感覚です。

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セルフメディケーション時代のマーケティング

 医療費が年々増加しています。日本の皆保険制度が崩壊するのではないかという勢いです。厚生労働省が推進するセルフメディケーション社会が望まれるのは、もはや急務といえる状況になりました。
 しかし、メガネは眼科に行かなくても気軽に購入できるし、医療保険とは無縁で完結できます。視力が弱いという事実に対して、医療保険が介在することなく、自らの判断で視力の弱い部分を補えるのが一般的です。しかし、難聴の方はメガネと対応する補聴器を、そこまで気軽に購入するかというと疑問です。

          ⇒ なぜ補聴器が普及しないのか?

 また、身体の不調の中で「肩・腰」等については、整体やカイロプラクティック、さらにはエステなどは国家資格もない代わりに保険とも無縁です。ところが整骨院・接骨院は療養費としての保険適用です。鍼灸・指圧マッサージは医師との連携で保険適用です。
 セルフメディケーション推進が急務とすると、視力に対するメガネのように、「肩・腰」等も自らの判断で、当然ながら自費で、というのは時代の流れかもしれません。整骨院・治療院の療養費は全医療費の1%で、これを全整骨院・治療院で分けあっています。過当競争が激化していることで、この保険に頼っている状態は、まさに異常事態といえます。

 今回は骨伝導情報ではあるものの、大枠のセルフメディケーションと医療費の関係を考え、最後にセミナーを紹介して、次回に続くことにします。

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震災、復興、巡礼の旅・骨伝導の旅

 聖なるものへの憧憬は、いつの時代、どこの場所においても不変です。聖なるもの、聖なる場所、霊場等を目指して旅立つことを一般に「巡礼」と呼びます。

巡礼の旅と骨伝導の癒し


 古来より世界中で行われている巡礼ですが、昨年、日本を襲った未曾有の大惨事・東日本大震災の犠牲者への鎮魂も、そして震災からの復興祈願としても巡礼は機能しています。
 骨伝導機器とともに巡礼に出かけることで、耳では聴こえない「声」を聴ければ‥‥と考え、埼玉県の高野倉へ出かけます。



 巡礼は、なぜ古来より綿々と続いているのでしょうか? しかも21世紀の今日、改めて見直され、静かなブームとなった理由とは何でしょうか? 震災と復興というキーワードだけでなく、一般的な視点で見てみましょう。

 現代では修行という意味は薄れ、大切な故人の供養、現世利益や霊験による健康祈願等、様々な目的で行われています。健康については、中高年を中心としたウォーキングという延長に、プラスアルファとしての「歴史」や「観光」という要素が加わった場合もあるでしょう。達成感を得るためというのも無視できない点だと思われます。

 また、昔より身近になった点として、交通機関の発達があることは事実です。距離的に完全徒歩巡礼が難しいものでも、結願に到る手段はかなり容易になりました。四国遍路は年間20万人ともいわれていますが、クルマやバスを利用している方々が半数以上を占めます。いや、ほとんどかもしれません。「歴史」や「観光」というキーワードから考えて、充分に頷ける話です。

 しかしこれだけで、「遍路」「巡礼」が現代にここまで定着しているのか、抜本的な理由にはなっていません。

 巡礼は非日常です。
 ここに大きなポイントがありそうです。荒ぶる現世、先の見えない不況という世相を背景として、日常生活から離れた場として、現代の巡礼・遍路の本質があるのではないでしょうか。

 病んだ心を「修行」し、ある意味で、山伏のように「験力」の獲得を求めることを欲しているのかもしれません。現実からの逃避ばかりでは先に進めません。ふと立ち止まり、倒産・リストラという外的要因だけでなく、ストレス・自己疎外など、現代社会が抱える問題に直面し、破壊し、再生することが求められているのでしょう。

 聖なるものを目指し、触れあい、結願に向けて病んだ心を少しずつ癒していく、そんな場を提供する旅が、現代の巡礼・遍路なのではないでしょうか。旅だけでも非日常です。しかし、単なる日常生活からの解放だけでは、ここまでの意義があるでしょうか。レジャーによる気分転換の延長ではないのです。

 供養や祈願、あるいは修行なども、一度己を殺し、再生するための自己を発見していく過程のことなのです。巡礼地が聖なる集合体であるのと同様に、巡礼の周囲にあるすべての集合が自己完結する目的なのです。

 高野倉の霊場は俗に言う「ミニ霊場」です。
 そこに行きさえすれば容易に結願することができます。しかし、この独特の雰囲気を堪能し、声なき声を聞く‥‥骨伝導によるものも含め、自己完結へと至る感覚が理解されます。

         ⇒ 骨伝導専門ページ

 未曾有の大惨事から蘇る日本にとって、自らの「再生」を促す巡礼は大きな意味を持つといえるでしょう。